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出産体験記…pt4.ようやく会えました!

 

PM 1:30


医者の先生が高らかに「臍のう切りまーす」と言って、臍のうが切られ

娘は鼻や口から羊水を吸い出してもらい、

「ふんぎゃー」と産声をあげました。



2009年11月17日 PM 1:30 3213gで娘誕生。



看護婦さんが裸におむつだけした状態の娘を

私の方に運んできてくれます。

感動の涙・・・


・・・・・ん?よく見えないぞ。

・・・「めがねめがね」・・・と、

近視の私は荷物係夫に、めがねを取ってもらい、

めがねをかけて娘と対面。



「お疲れ様~、来てくれてありがとう!やっと会えたねー」


と、ちょっと泣けました。

娘に会えた嬉しさと、出産を無事終えた安堵感です。

なんともいえない達成感がありました。



裸の肌を引っ付けてのカンガルーケアは幸せホルモンがぶわぁ~と出ます。

産まれてすぐ、おっぱいを吸ってくれて、

ほわほわーっと、ありがたいなー、という気持ちに。

夫を交えて、スタッフの人と談笑したりして、幸せを満喫していると、

ん?なんかチクチク痛いぞ?

と思ったら、

切開した部分をチクチク縫われていたのでした。

分娩台にのって、すぐに会陰切開にそなえて麻酔をし、

1回か2回いきんだところで、切開しておりました。

切開自体は麻酔していたので、ぜんぜん痛くなかったです。

でも、縫合は、麻酔が切れ始めていたのか、ちょっと痛かった。




私の出産した病院は、カンガルーケア(2時間ぐらい?)の後、

ほぼそのまま母子同室での入院となります。

(2~3時間ぐらい、娘が健康チェックする間、

私は仮眠できました。)

おっぱいを頻繁にあげて、オムツをかえて・・・と、

私自身の回復に平行して、その後の育児の基礎トレーニングを受けました。

どんなことを質問しても、ナースコールすれば昼夜関わらずベッドに来てくれて、

優しく的確に答えて、教えてくれて、本当にありがたかった。

おかげで授乳方法も自分のオッパイケアも、子供の熱の測り方も、

うんぬんかんぬんも、実際的に役立つことを全部教えてもらいました。

実際、退院の前日には、「訊きそびれていることはないか?」と、

退院が不安になったくらいです。

(しかも、退院後も24時間TELで質問受け付けてくれます!いまだに!!)


早くも二人目もこの病院で産もう!!

と思ったりしています。


例のムカつくナース1名以外は、本当に感謝!しています。

(↑しつこい)


そうそう、立会い出産をした夫は、というと、

分娩室で私がいきんでいる間に、

「お、出てきたよ、出てきたよ」

「お~、生まれた~」

「ん?、あ、めがねね、ほいほい」

と、なんか野球をTVで見ているのと同じトーンでした(笑)

少しは感動とかしたんでしょうか?(その様子はなかったが・・・)

ちなみに、陣痛室では、ずーっと手を握って、

お茶を飲ませてくれたり、身体をさすったりしてくれました。

母も途中まで陣痛室にいたのですが、

母は「しんどそうで見てられない」と逃避したんでした。

生後3ヶ月たとうとする今、

夫がかなり積極的に家事と子供の世話をしてくれていることを見ると、

「そりゃ、夫は親だから逃げられないわけよね。」

と思ったりします。

(やっぱりお祖母ちゃんは、親ほどの責任はないわけだし)




----------------------

私も出産前はヒマだったこともあり、

しょっちゅうネットで「出産 体験談」とかで検索してはビビったり、

勇気付けられたりしておりました。

「出産は赤ちゃんとママの共同作業。赤ちゃんも頑張っているんだから、ママも頑張って」

「陣痛は、赤ちゃんに出会える嬉しい扉」

というのには、本当に元気づけられました。

ママが痛いときは、赤ちゃんも頑張っているときだ!と思えば、

痛くても、苦しくても、それは「嫌なもの」ではなくなって、朗らかに乗り越えられる気がします。

(特に私は予定日から大幅に遅れたので)、「陣痛=痛み」が来ると喜んでいたので、

出産というイベントをエンジョイできたのかな・・・と。

偉そうですけど、ほんと、そう思います。


以上、出産体験記でしたー。




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出産体験記…pt3.陣痛の波に乗れ!

またまた久しぶり更新ですみません。
いま、娘は3ヶ月になろうとしているところです。
母子ともに生活に慣れてきて、日々が楽になってきました。
別途、どこかで書きたいのですが、新生児育児、それは「アスリートの合宿」ですわ。
さて、本筋は以下

--------------------

AM 9:00

7時ごろに朝食が運ばれてきたのは知っていたのですが、

んなもん食べる余裕はありません。

でも、「食事をした方がいい」とどこかで読んでいたので、

何かエネルギーを補給できる、お箸を使わなくて良いもの・・・・

・・・・ウィダーインゼリー!!

さっそく母に買ってきてもらい、ちゅーっと吸い上げてチャージ完了。

エネルギー補給してこそ、力がでるっちゅーもんです。

(↑まじで。エネルギーないと、気持ちもついてこないしねー)


9時ごろが病院のスタッフのシフト交代時間のようで、

早朝とは違うドクターが来て、内診してくれました。

なんと

「子宮口9cmだ。もうすぐだね。」

と。


子宮口10cmになって、赤ちゃんが降りてきたら、

ふんがっ!といきんで、出産完了じゃん!!

(「出産完了」って変ですが、陣痛の最中の心情としては、ひたすら、

「早く産まれて!早く終わりたい!」でしたので・・・)



この病院は看護婦の見習いさんが沢山いるのですが、

私の出産にも、女子学生2名が来て「研修」していきました。

この見習いさん2名、本当にありがたかったー!


まず、マッサージが上手い。

夫や母のマッサージは、「うーん、しないよりまし」というマッサージでしたが、

この女子学生さんたちのは、「ナイス!そこそこ!それをその強さで!グッジョブ!!」

ってな具合で、非常に気持ちよかったです。


不思議なんですが、

「痛い、痛い」と思いながらも、マッサージしてもらうと気持ち良くて

寝ちゃうんです!!

そういや睡眠不足だよね~・・・つか、人生に数回あるかないかの陣痛の最中に「うたた寝」って!!

ま、それくらいありがたいマッサージでした。


さて、

9cmも子宮口が開いているなら、「もう産まれちゃうんじゃん?!」

と、私を含め、母も夫もヌカな期待をしましたが、

ここからが長かった・・・。



子宮口は開いてきているので、

陣痛の波にのっていきんで、赤子を押し出そうとするのですが、

ここにきて、陣痛の波が穏やかになってしまったのです。

たとえるならば、波が来ない海でサーフボードの上にいる感じです。

いい波が来たら、えいやっと踏ん張れば、ぐぐーっと波にのって、赤子が出てくる、

っていうイメージです。


でも、波が来ない。

微妙に平和です。


でも、早く産みたい(=「出産」というイベントを完了させたい)ので、

陣痛をじりじりしながら待っており、「よし来た!痛み!!(喜)」

という大変マゾな感じになっていました。


AM11:00

陣痛波がほんとうにまばらにしか来なくなり、しばらくたって、

助産師さんをはじめ、見習いさんも、夫も、そして私も、「こりゃ促進剤かな~」と思って、

医者を呼んで内診してもらい、「じゃ、促進剤使おうか」と言ってもらおうと期待していたら、

内診の時に限って、すんごいいい感じの陣痛が来て、私もいい感じでいきんで、

赤子の頭が見えたらしく、

「いい調子、いい調子、もうすぐね!(笑顔)」

・・・・と、促進剤を使うには至りませんでした。

ご推察の通り、

医者の先生が立ち去ったら、また陣痛も立ち去ってしまいました・・・。



時折くる陣痛で、いきむこと数時間、

赤子が「もう出られますよ」というところまで降りてきたので、

車椅子で分娩室に移動しました。


ちなみに、私は「赤子が産道に降りてきて、ハマッている感覚」と感じ得ていて、

「あ~挟まってる、途中に挟まってる」

「あ、戻っちゃった」

などと言っていたら、

助産師さんに、「凄いわねぇ。わかるのねぇ、わかんない人が殆どよ」と言われ、

出産の最中に喜んでいました(余裕あったのね、今思うと)



PM 1:00

陣痛質から分娩室は、廊下を30mぐらい行ったところで、

車椅子で移動する私の後ろから、例の荷物がいっぱい詰まれたワゴンと夫が付いてきます。

私は、「痛い痛い」「わーい、もうすぐだ!!」という複雑な状態。。

陣痛の波の合間に、車椅子に乗ったり、分娩台に登ったりするので、

意外にサクサク動けました。

ま、臨月のお腹、いやいや、もうほとんど赤子が出てきそうな状態にしては、

意外と動けました。


分娩台に乗ったら、いざというときのための点滴導線(?)の確保をして、

足カバーをして・・・という準備をします。

「陣痛がきたらいきんでいいんですか!?」

「いーよいーよ!」(朗らかな緊張感)

と、いうのも、この頃になると、「いきんでいる方が楽」という状態で、

分娩室に向かう頃から、けっこういい陣痛が頻繁にくるようになっていました。



助産師やら医者やら看護師やら、見習いやらが、分娩台をぐるっと囲み、

分娩台の後ろには、荷物のワゴンと夫。


そう、夫。

「立会いは勘弁してほしい」と言っていたのに、

陣痛室からのなりゆきで、分娩室に来ていました。

私は立ち会ってほしかったので、ちょっと笑ってしまいました。


さて、陣痛が来て、3回か4回いきんだら、

ズルンっという感じで、娘が出てきたのですが、


いきむたびに

「頭、出てきたよ~」

「肩が出たら、全部出るよ~」

「あ~生まれた~!!」

と、スタッフの方が口々に実況中継してくれて、頑張りやすかったです。

「生まれた瞬間に目をギョロッと開いたよ~」

「しっかりした顔の女の子よ~」

・・・その後も実況はづきました。


つづく

出産体験記…pt2.破水、陣痛と分娩

とんでもなく日数を経てしまいました。
育児、けっこう大変です。PCに向かって文章つづるようなまとまった時間、とれません。
あ、今、とれてるか。
では、続けます。


PM 9:00

消灯時間を過ぎてからも、なんとなく眠れない・・・と思っていたらお腹がまた痛くなってきました。

とはいえ、お腹の中で赤子はうにゃうにゃ元気に動いているし、

こういう痛みがこの時間帯にあっても、痛みが治まったのを確認しないうちに、自分が眠ってしまう、

ということがここ数週間続いていたわけですから、

「またか」というような気分で、

痛みがくると、息をはーっと大きく吐いて耐えていました。


その時のメモによると、

22:40から4分~7分間隔で時間が刻んであります。

0:30前後には、「四つんばいにならないとダメなくらい痛い」とか書いてあります。

AM 1:25

トイレに行って、出血を確認。

「ポタリ」と1滴か2滴の鮮血です。

でも、これも見慣れた「おしるし」。

~ああ、「刺激」したからな・・・ と、暢気に思っていました。


AM 1:38

看護婦さんが巡回に来てくれました。

「お腹痛いけど、規則的じゃないです」と答えると、

「何かあったらすぐナースコールしてね」とやさしい。

この看護婦さんの巡回後、痛みがやや規則的です。

1:43
1:49
1:55
2:02
2:08
2:12

この2:12の痛みが去ったとき、

痛みに耐えるために、四つんばいになっていた上体をぐぐっと戻したところ、

「ポキっ」

と音が。

ぜんぜん痛みとかはなく、ただ音がしました。

「??」

つぎの瞬間、下半身にじゅわーっと生暖かい感触が。

意外と落ち着いて、「あ、破水した」と、

すかさず、ナースコールのボタンを押しました。


AM 2:15


意外なほど落ち着いている私と対照的に、

看護婦さん2名は、バタバタと赤子の心音とお腹の張り(陣痛)をみる機械(NST?)を運んできて、

「陣痛服はもらった?ない?じゃ、これに着替えて。」

「お産パッドだして、どのバッグ?これ?」

とかって、どんどん進めます。

NRTのグラフはイマイチ規則的でなかったようで、

「まだ陣痛じゃないかもね~。いちおう、先生に見てもらおう」

といって、同じフロアにある「処置室」に連れて行かれました。

で、内診してもらうと

「子宮口5.5cm。陣痛室へ移動した方がいいね。」

とのこと。


病室に広げたばかりの荷物をすべてワゴンに乗せ、

荷物全部を持って陣痛室に移動。

・・・・てか、お腹が痛い私がそんな作業出来るわけもなく、

看護婦さんが、機械的にその辺の荷物をバババッとワゴンに乗せ、

よろよろ歩く私を連れて陣痛室に移動しました。


ちなみに、この時の2人いたうちの1人の看護婦は、

この入院中でたった一人、私がムカついた人でした。

破水したときに、痛みの時間をメモしていた私に、

「時間測ったり、大げさにしない方がいいのよ。」と言い、

「陣痛じゃないかもね~。でも先生が診てくれるっていうから、診てもらう?」と言い、

その「先生」(医師)の前では、なんだかブリブリしており

この陣痛室への移動の時も、

「まだ、陣痛かどうかわかんないから、旦那さんは呼ばなくていいよね?朝ぐらいでちょうど良いんじゃない?」

とか言っていました。

分娩した病院にはいろんなことを本当に感謝しているし、

感動するくらい、親切で熱心な看護婦、助産婦、保健婦さんたちだったけど、

この1人の看護婦だけは、ダメ。

破水して陣痛の最中じゃなかったら、攻撃してやるところでした。

が、

その時の私は、破水して陣痛の最中だったので、しませんでした。

そしてその時の私は、

「深夜にお母さんと夫を起こすのも悪いし、独りで産んじゃおうかな」

などと、殊勝な(?)ことを思い、むかつく看護婦の言いなりになっていました。

AM 3:00

陣痛室に移って、トイレに行って、用意されたベッドに戻って、

ぐちゃぐちゃの荷物を、陣痛対策に必要そうなものをワゴンから降ろそうとしていたら、

今度は感じの良い看護婦さんが来て、

「また機械つけますから、横になってください~」

と、NSTの機械をお腹につけ、赤子の心音と陣痛の様子をウォッチ。

規則的な、本格的な陣痛になっていました。


AM 4:00

痛みもシャレにならない状態になり、

さっきまでの殊勝な心意気はふっとんで、声を出して「ううぅぅ~ふぅぅぅ~」ってな具合。

ワゴンに積んだままの飲み物も手にとれず、

看護婦さんに夫に電話してもらえるように依頼。


いまだに理由はわからないんですが、

このとき、私は発熱して、なんか悪寒がしていたんでした。

破水する前からこの寒気はあって、

ベッドに備え付けてある体温計で測ったら38.5度とかあったんでした。


で、その寒気もあって、

病院から子宮された薄い「陣痛服」の上に、ユニクロのフリースを着て、

汗とも冷や汗ともつかない汗をうっすらかきながら、

波のように寄せては去る痛みに、

「待っていた陣痛だ!いよいよだ~!」

とテンションを上げながら、同時に

「痛くて我慢できない!!今から麻酔打てないの!?」

と現実逃避の方法を妙に現実的に考えていました。

いえ、考えていただけでなく、しらじらと夜が明けるころには

看護婦さんやらに懇願していました。

「切って~!!」「麻酔かけて~!!」「休憩ないの~!!」

とか、言いながら。


(つづく)

出産体験記…pt1.入院

2009年11月16日(月)13:30

出産予定日が11月6日だったのに、結局、41週を過ぎても産気づかなかったので、

予定どおり「誘発分娩」のため、入院することとなりました。

10月下旬から、前駆陣痛らしきものはあるものの、結局本格的な陣痛がないままです。

毎日合計3時間ちかく歩いていましたが、

そして、スクワットもしましたが、陣痛は来ませんでした。

近所のショッピングモールで買い物していて、私のおっきいお腹を見て、

何人もの店員さんが「ご予定はいつなんですか~?」

とにこやかに話しかけてくれるのを、

「今日です。」とか「おとといです」とか回答していた私。

やっと、やっと、産まれるんだ!

と思うと、かつて感じていた恐怖心はなく、むしろワクワクしておりました。



ずいぶん前からマニュアルどおりに「分娩用荷物セット」と「入院用荷物セット」と

二つに分けて、準備していた荷物を、大きめのキャリーにそのまま詰め込んで、

「お腹おっきいの最後だし」と、玄関先で写真まで撮って、余裕の出発です。



「帰ってくる時は、『身二つ』だね。」と見送りの祖母に言われて、

「そっかー」と思い、ちらりと緊張しつつも、

きわめて朗らかに、夫と両親につきそわれて車で出発しました。



2009年11月16日(月)14:00

病棟に着くと、「面会時間はまだだから、」と夫と両親は病室に入れず、ロビーで待つことに。

その間に、看護士さんが早口でフロアの病棟のインフラの説明してくれました。

(シャワーがどーとか、トイレがどーとか、診察はどこどこ、とか)

ひととおりの説明が終わると、ようやく病室に案内され、

「赤ちゃん産まれたら、産後の人が入院する部屋に移動するから、荷物は広げすぎない方がいいわね。」

と、いわれました。


「リアリティないな~『赤ちゃん産まれたら』って。」

とか、まだまだ胎動バリバリのお腹を抱えて感じておりました。



同じ病室には、切迫早産などで、なんとなく入院期間が長そうな人たちが入院していて、

私だけ新しい環境に緊張している感が際立っています。

(他の人たちは、なんか「慣れた感じ」オーラが出ていました。)



15:00

面会時間になったので、夫や母の入室も許されました。

お茶などを買ってもらった後は、夫だけに残ってもらい両親は帰宅。

母が妙に緊張していて、見ていて心配なほど。

(うちの母は、肝心な時に機能しなくなる傾向にあるので)


16:00

私の診察。

この時間の診察で、子宮口が思うように広がっていない場合、

「バルーン」といわれる器具(?)を入れて、子宮口を広げる措置をする、

と前回の診察で言われていました。

どきどき。

診察の結果、子宮口が「指2.5本ぐらい開いている」とのことで、バルーンの使用は回避できました。

そして、また、あの「刺激」。

このときはいつもより痛かった!


よく知らなかったんですが、この「バルーン」はかなり不快で痛いらしく、

後日、その痛みを知っていた母は、「あれは痛いのよ~。よかったねえ」といわれました。


で、そこで、翌日の朝から行われる「陣痛促進剤」の使用に関する同意書へのサインを求められました。

夫と私はもちろん同意してサインしましたが、

ここで一気にリアリティがぐわーっとやって来て、緊張し始めました。

「ようやく」という気持ちと「怖い」という気持ちが混ざった、なんともいえない気持ちです。



先ほどの早口で案内してくれた看護士さんが、

「まだ、今夜陣痛が来るかもしれないんだから、とにかく、院内を歩きなさいね。階段上り下りとか!あと乳首マッサージね!」

と、これまた早口で言うので、

面会時間終了の19時までの残り時間、夫と院内を歩くことにしました。


7階建の病棟の階段を4往復と、外来病棟もウロウロウロウロ。

階段の踊り場の窓から見える景色が、夕焼けから夜景になっていくにつれ、

なんだかどんどん心細くなって、泣きそうになりました。

お腹は張るものの、陣痛と呼べるような強い痛みが定期的に来たりはしません。

「あ~、私は自力で赤ちゃんを産んであげられないんだ~・・・」

とか、必要以上にネガティブになったりして。


18:00

夕食の時間です。

「不味い」と覚悟を決めていたせいか、「意外に美味しい」食事でした。

カロリーとたんぱく質、塩分、などの値が明記された名前入りのメニューカードがついています。

確か、このときの食事は、500kcal以下だったような気がします。

この食事まで夫が一緒にいてくれて、

「じゃあ、明日、9時ごろね。」

といって帰りました。

翌日8時ごろから促進剤投与が始まる予定だったので。


(・・・が、彼がふたたびこの来院するのは、翌朝9時ではなかった・・・)



夫が帰った後、私はシャワーを浴び、

その後9時ごろまで、i-podを聴きながらフロアをウロウロと歩き続けていたところ、

若い美しい看護婦さんが、

「がんばって!次に私が来るのは水曜日だから、そのときには赤ちゃんに会えるわね!」

と、励ましてくれました。


「そっかー、『身二つ』まであと少しかー。『もうすぐだね~』」

とお腹でまだまだ元気にうごく赤子に話しかけておりました。


(つづく)

出産体験記--まずは産後のこと


本日2009年12月1日(火)で、

赤子は誕生2週間となり、

私もようやく起き上がってPCに向かう余裕が出てまいりました。

ってか、そんなグッタリしていたわけでは全然ないのですが、

(1)新しい生活リズムへの順応
(2)下(しも)系のトリプルトラブルの回復

に、やはり2週間ぐらいかかった・・・ということでしょうか。


(1)については、私は完全母乳育児となってしまっているので(分娩した病院の方針に依存)

1時間半~3時間おきの授乳→ついでにオムツ→寝かしつけ っつールーティンです。

これに、赤子が目覚めている間のお相手(遊び?)となります。

私の赤子は、よく飲み、よく眠り、デフォルトご機嫌なので、楽チンです。

入院中も、同室の赤子達が獣の子のごとく長時間に渡り絶叫しているのに比較して、

「はぁ~ん、はぁ~ん」と、弱弱しく「泣いてみてみたりしている」ってな感じの泣き声のうちのべべ。

しかも、①授乳、②オムツ替え、③だっこ のどれかで、ピタリと泣き止みます。

申し訳ないぐらい育てやすい、手のかからない子です。

だから、何が辛いのかっつーと、体力的な問題で、しかも下記(2)と同時進行、っていう点だけです。

身体が思うように動かせないってのは、ツライもんですな・・・。

(1週間入院する、という経験が人生初、という健康なわたくし。)



(2)「お下(しも)」のトリプルトラブルとは、

①会陰切開の創の痛み
②尿意がおかしい
③便意がおかしい

です。

①は退院前日に抜糸をしたら、劇的に楽になり、たぶん産後1週間ぐらいでそう気にならない程度に回復。

まったく気にならないくらいに回復したのは、産後10日ぐらいだったかな?


②は出産で子宮口が開いたせいだかなんだかで、膀胱がちょい麻痺してしまうことがあるらしく、私は麻痺してしまった模様。

現象としては、「尿意はあるのに尿が出ない」っつー感じでして。結構ストレスでした。

経験したことなかったけど、尿がお腹に溜まっていて出せないっつーのは、ツライね。

結局分娩後スグと、産後2日目(3日目だったかも)ぐらいに導尿してもらいました。

このトラブルも退院(産後5日)する頃にはほぼ回復して、産後1週間ぐらいでは全快してました。


③は理由はいろいろあるみたいなんですが、(私が水分補給しても授乳で赤子に水分を持っていかれてしまって、便が出にくい、とか、腸の働きがにぶっている、とか)

これは今でも引きずっていて、結構ツライっす。

「出た」後は、すこぶるスッキリ!!

というのも、部屋でダラダラして授乳しているだけなのに、お腹すごい空くので、

かなりガッツリ毎食食べているんですから!!

授乳中の必要摂取カロリーは、1日2500kcalだってよ!!

通常の倍ですよ!しかも、産後2週間は「安静に」しているのに!!



ちなみに、この「安静」にする必要がある理由は、

体力の回復も、上の(2)もそうですが、やはり「子宮の回復」を静かに待つ必要があるんですな。

いわゆる「産後の肥立ち」にかかわるのはこの部分っすね。

ちょっと無理して動きすぎると「悪露の量の減り」が減ったり、悪くすると増えたりしちゃって、怖かったっす。

ゆっくり安静にしていたら、悪露の量はぐんぐん減って、

マニュアルどおり、今日あたりで悪露も最後になるかも、ってな状況です。


お腹もほぼ妊娠前ぐらいに戻りました。

ぶよぶよしているので、エクササイズして引き締める必要はありそうですが、

「いや、なに、妊娠と関係ない時で、エクササイズさぼっていた時期、こんなお腹だったこともあります」

っていう感じです。


子宮の収縮といえば、

出産後4~5日は授乳の度にぴったりと赤子の乳首を吸い上げる力に呼応して、

子宮が収縮しているのが、自覚できていました。

人間の身体って不思議っす。



赤子は毎日どんどん成長していて、ほーんと凄い。

私のおっぱいしか飲んでいないのに、ぐんぐん育っています。

顔つきや身体への肉付きはもとより、

今日までに、

人と目を合わせるようになったし、

オルゴール付人形のオルゴールが鳴ると凝視するようになったし、

目を合わせた人の口元をじっと見て、動作を真似するようになりました。
(んぱっ!とか、にっこり とか・・・)



出産経験者が口をそろえて

「出産は痛くて大変だけど、そんなのどうでもいいくらい赤子がカワイイ」

と言うことに、激しく同意ですわ。

・・・えーと、ちょっと違うな。

「カワイイ」というより、

この『人間の・・・生物のミラクルに、直接的に深く関われる幸せ』を実感しております。

大げさに聞こえるのは知っているけど、あえて言うと、

生命とか人生とか、神様とかについて感じ入ってしまうような体験です。



・・・・っていうホルモンが出ています、今。




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